大手企業に就職、仕事と子育ての両立、転職そして起業へ。感謝を忘れず、あきらめなければ必ずできる、それが私のポリシーです。 - 株式会社リバース・コンサルティ ング 代表取締役 山田由美子 -【1/3】|スキルと市場価値UPに役立つ情報ポータルサイト「キャリア@PRO人(プロジン)」  

大手企業に就職、仕事と子育ての両立、転職そして起業へ。感謝を忘れず、あきらめなければ必ずできる、それが私のポリシーです。 - 株式会社リバース・コンサルティ ング 代表取締役 山田由美子 -【1/3】

2014年1月20日 20:43社長になる方法論

株式会社リヴァース・コンサルティング

教師になる夢を父親に反対された反発から、地元を離れて東京での就職を決意。大学卒業と同時に結婚し、不妊治療を続けながら子ども3人を出産。朝6時に家をでて保育園に子どもを預けてフルタイムで働き、夜7時に迎えに行って家事もこなす生活を今なお続けている。

電電公社の総務からNTTの役員秘書を経て独立起業した、線の細い外見からは想像がつかないほどのパワフルウーマン・山田由美子は、信念の人でもあった――

山田社長の生い立ちや仕事観、母親観について、お話を伺ってみた。


 

クヨクヨしても仕方ない。どうすれば楽しくなれるかを第一に考える。楽天家なんでしょうね。

編集部:山田社長の現在に至るルーツをたどっていきたいと思いますが、まずは学生時代の頃のお話をお聞かせいただけますでしょうか?

山田社長:中学校の先生に非常に影響を受けて、将来は教師になりたいという夢をずっと持っていました。その先生は、クラス作り、学校作り、チーム作りといったことにすごく熱心で、みんなで力を合わせれば大きなことができるということを体験させてくれたんです。私も大いに影響を受けて、学級委員長をやったりバレーボール部の部長をやったりしていました。

その先生のおかげでとても一体感のあるクラスになったので、「3年間ずっとこのクラスで過ごさせてほしいと」とみんなで作文を書いて学校に直談判したりもしましたね。

編集部:かなり行動的なタイプなんですね。

山田社長:あまり怖気づかない性格ではあったと思いますが、学校の雰囲気がとても革新的でオープンだったというのもあったと思います。いまだに人生の教訓としているような経験も、この頃にたくさんしましたよ。

たとえば英語の先生がこんなことを言っていました。「国語や算数は小学校から習ってきているけど、英語は今日からみんなが同じスタートラインに並んでいる。ここから努力をすればいいんだよ」って。

株式会社リヴァース・コンサルティング 代表取締役 山田由美子(55歳)

編集部:高校の頃はどうでしたか?

山田社長:勉強と、バレー部の活動に専念していました。3年間続けてきたことはとても誇りに思っています。東洋の魔女のキャプテン河西さんが大先輩です。でもそういう方も、高校時代はコートの隅で泣いていたって聞きました。人って、何がきっかけで変わっていくかわかりませんね。無限の可能性を秘めていますよね。

編集部:大学はどちらへ進学したんですか?

山田社長:慶応大学の文学部です。中学の頃から、教師になるのが夢でしたから。

でも就職活動の時に、父に反対されたんです。「これから女性も働くことが当たり前の時代が来るから、先生ではなく民間企業でちゃんと働きなさい」って。

父は手元においておきたかったんでしょうね。それで、地元の電電公社へ就職することをしきりに勧めてきたんです。最終的には私も承諾したのですが、地元で就職試験を受けたので、父はてっきり地元いてくれるものと思っていたようです。(笑)

編集部:反発はしなかったんですか?

山田社長:しましたよ。教師という夢を叶えさせてって。初めて父親と喧嘩をしました。

今思うと、教師になることと企業で働くということの意味も、父が電電公社を勧める意味も、良く理解していなかったんだと思います。影響を受けた中学校の先生のように、子どもたちに大切なことを教えられる存在になり、素晴らしい体験を沢山させてあげられるようにれたらいいなと、漠然と考えていたに過ぎませんでした。

でも父は自営業で建築事務所を経営している人でもありましたし、不況下を生き抜く社会人の先輩の言うことのほうが重みあるのかなと思って、それで電電公社を受けてみることにしたんです。

ただしここを選ぶのであれば、大きな世界が見られるようになりたい。それで思い切って面接の時に言ってみました。「広い世界でもっと勉強したい」って。実際に内定が出て、配属先が埼玉だって知った時、父はすごくがっかりしていました。

編集部:その思いが叶い、無事に電電公社への入社が決まりました。

山田社長:最初に配属されたのは、新しく設立された料金局でした。電話料金をシステム化して管理し、請求書を発行するところです。

編集部:初めて社会に出て、初めて立ち上がる事業会社に配属。不安はなかったですか?

あまりなかったですよ、切り替えの早い性格なので。ここでやると決めましたので、これからの人生何が起こるんだろうとワクワクした気持ちで臨んでいました。自分でどうにもならないことにはクヨクヨしても仕方ないし、むしろ楽しくなるにはどうすればいいかを考えていました。たぶんもともとが楽天的な性格なんでしょうね。

あと、就職する時に父と母からもらった言葉は、今でも私の中に息づいています。父からは、「水のようになれ」。母からは、「人の鬼はいないから」。

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